事業を通じて福島に関わる多様な選択肢(1)

福島県沿岸部12市町村を新しい課題解決事業が生まれる「フロンティア」と考え、この地域で挑戦する創業希望者をサポートしてきたFVC事業(一般社団法人RCFが経済産業省より受託)。2017年のプロジェクト開始以来、年間10人程度の創業者(準備段階含む)を送り出し、イベント参加者数は延べ300人を超えている。彼ら彼女らはどのようにしてFVCに出会い、どのような思いで福島県沿岸部12市町村での事業に関わるようになったのだろうか。
今回は、今年4月に南相馬市にUターンし、創業に向けて新たなチャレンジをすることが決まった高田江美子さんと、東京にいながら副業として現地事業者との関係性を深めつつある二宮秀彰さんに、お2人をサポートしてきたRCFの佐藤淳が話を聞いた。前編では、高田さんと二宮さんが福島での創業を志した経緯やそれまでの心境の変化について伺う。

「転職を機に自分の”生業”を見つめ直しました」 高田さんが創業を考えたきっかけ

高田江美子さんは1983年生まれ、南相馬市の出身。仙台の大学を卒業し就職後、大手の旅行情報誌で営業に携わり、現在は北海道のウェブコンサルティング会社に勤めている。そして今年4月から南相馬にUターンして創業準備をはじめる。高田さんがUターン創業に至ったきっかけはなんだったのだろうか。

高田:福島は故郷であり自分自身のルーツです。一方、社会に出て違う地で暮らすことが長くなるほどに、福島との関わりは帰省のタイミングぐらいになっていました。
転機になった出来事は2つあります。1つは2011年の東日本大震災です。大きな被害にあった故郷に対し、「何かしなくては」という思いを抱く一方で「私なんかに出来ることはあるだろうか」という気持ちもありました。また、当時の私は北海道に職場を移して数年経った頃、なかなか上手くいかないでいた仕事にようやく手ごたえを感じる様になったタイミングだったこともあり、まだまだそこでやりたいことが沢山あり、故郷への思いを行動に移すことはありませんでした。
具体的な行動に移すきっかけになったのは、ある程度の年齢になり、自分のキャリアの今後を考え転職活動に取り組んだことです。転職活動を機に「自分が本当にやりたいことはなんなのか」「人生の拠点をどこにするのか」「歳を重ねても仕事をしていたいと考える私が、何を自分の生業とするのか」「その生業をこれからどう作っていくのか」と、仕事だけでなく自分の生き方を問い直しました。そのときに「いずれは東北を拠点にしたい」という自分の気持ちに気がついたんです。

転職を機にUターンする意欲は芽生えたものの、当初は都市部である仙台を想定しており、南相馬に帰ることは考えていなかったという高田さん。意識が変化したきっかけはFVC主催のミートアップイベントに参加したことだという。そこには、南相馬で実際に事業を起こしている人や、これから行動を起こそうとしている仲間が集まっていた。

高田:それまで、私は南相馬にUターンすることにあまりポジティブなイメージを持てていませんでした。しかし、そこにいた方々はとても生き生きしていて、ポジティブに自分たちがこれからすることやできることを語り合っていました。「私も故郷にこんな風に関わりたい」。そう思ったんです。

NCLのイベントでFVCの存在も知り、高田さんはそれ以降定期的にイベントに参加するようになった。

「私がやりたいのはこういうことだ」 事業ツアーを通じてUターンを決意

当初は、自ら事業を起こすなんて無理だと思っていたという高田さん。しかし、NCLやFVCのイベントを通じて人と交流するうちに「Uターン創業にチャレンジしたい」と考えるようになっていった。イベントに参加し、実際に事業を起こした先輩の話を聞き、参考になる書籍を読み…と知見を増やす日々。
そんななか、昨年12月に行われたFVCの「事業づくりツアー」で川内村の遠藤きのこ園に出会う。遠藤きのこ園が栽培している「ひたむき椎茸」というブランド椎茸に対する、遠藤さんの懸ける想いに共感し、この商品のブランディングやプロモーションの手伝いをしたいという気持ちが湧き出た。

高田:「私がやりたいのはこういうことだ!」と思い、創業へのイメージや意識が強くなりました。ひたむき椎茸は、名前やロゴは決まっているのですが、それ以上のプロモーションは特に行っておらず、ウェブサイト等もないという状態。自分が今まで仕事を通じて培ってきたプロモーションやウェブマーケティングの経験を活かしながら、力になることが出来るのではないかと感じました。珍しい品種で味も良い椎茸があって、想いを持って栽培している農家の方が福島県川内村にいることを、より多くの人に知ってほしい、知らせたい、と思いました。

自分のスキルを活かし、故郷に貢献できる

高田さんはこの遠藤きのこ園への取り組みを皮切りに、地方の宿泊施設やレジャー施設や、地方の農産物や工芸品、地方企業の製品などに対して、ウェブプロモーションや販路構築のサポートといったことを事業として展開しようと考えている。

高田:南相馬市の観光入込数は震災を機に大きく減り、その後回復傾向にはあるものの減少を続けています。居住人口の減少も深刻ですが、外部からの流入も増やすことでまちの活性化に繋がるのではないかと考えています。一方で、インターネットを活用できていない施設や事業者の方も少なくないのではないかと感じています。
昔からその地に根付く良いものや、震災を機に新しいチャレンジから生まれた商品、熱い想いを持って取り組まれている事業などが多数あるにも関わらず、まだまだ認知度が低いものや知られていないものも多いと思います。私がそういった素晴らしいモノやコトをお手伝いさせてもらうことで、より多くの人に知ってもらい、売上や集客の向上に繋げていけたらと考えました。私のそういった取り組みを通じで、南相馬や関わった地域に関心を持ってくれる方や、実際に足を運んでくれる人が増え、将来的にほんのちょっとだけでも地元の活性化に貢献出来たとしたら嬉しいです。

「いつか故郷の大分で事業をしたいと考えています」 副業で福島に関わる二宮さん

遠藤きのこ園のプロジェクトを高田さんと一緒に進めているのが二宮秀彰さんだ。12月のツアーで高田さんと一緒に遠藤きのこ園に赴き、意気投合した。二宮さんは東京在住のまま、副業として関わっている。

二宮さんは1989年生まれ、大分県出身。平日はIT関係の団体に勤務している。業務は業界全体のルール作りや、自治体とベンチャー企業のマッチング等だ。休日は副業でバックパッカー向けのゲストハウスの運営を手伝っている。
東日本大震災が起きたとき、二宮さんは大学生だった。その後何度かボランティアや大学院のプログラムを通して復興支援にたずさわったが、不完全燃焼な部分もあり、どこか心にひっかかっていたという。一昨年にFVCのイベントに関心を持ち、参加するようになった。

二宮:私は将来的には故郷である大分に戻り、事業のようなものを始めたいとイメージしています。一方で、東京で事業をするのと地方で事業をするのとでは環境や方法論も大きく違うのではないかと感じています。そう考えたときに、遠藤きのこ園さんをお手伝いすることで自分自身に学びがあると思いました。

佐藤:お2人とも「いつか故郷に帰ろう」と思っていたというのが共通点としてあります。お仕事で努力をされてきて、今回たまたまFVCを媒介に遠藤きのこ園さんに出会い、いままでの仕事やスキルを生かす形で創業に至った。FVCがきっかけを提供できたなら幸いです。

後編(2)につづく)

テキスト:原光樹